最近考えた事

コラム的日記というか、そういうものです。
概要の方に混ぜるのはどうかと思ったので。

・懐かしくない

「かかりむすび(係り結び)」という言葉がある。
たとえば「け〜ろよ〜ん」で始まったら「ばっはは〜い」で終わらないといけないとか、そういうヤツだ。
違うかもしれない。
また「まくらことば(枕詞)」という言葉がある。
似た言葉を重ねて意味を強める事で、「はっちゃく」の前には「あばれ」と付けたりする。
違うかもしれない。
こういう「ある言葉の後に決まった言葉がある」というのは、とても都合がいい。
コンピュータのプログラムにとってだが。
最近は新聞の紙面もコンピュータで作っているらしい。
読んでみると実によく判る。
たとえば「SL」など珍しい乗り物でちょっとレトロ風なモノの前には、「昔懐かしい」がつく。
作っている人間がSLやボンネットバスを懐かしいと思っている世代とは、とうてい思えない。
そもそも知らない世代の方が多い筈・・・プログラムが介入している証拠だ。
なかには「昔懐かしいトロッコ列車」という文章もあった。
おいおい、こういうコンピュータのミスは人間が直してあげろよ。
「シャッターを」で始まると「盛んに切る」で終わるようにプログラムしてあるようだ。
「シャッターを流星群に向けて盛んに切るマニアが見られました」とか。
おいおい、流星ってのはシャッターを開けておかないと写らないんだぞ。
そもそもこういうソフトを作る人間というのは理系で、その才能だけで大学に行ったりしているから、あまり文章に詳しくなかったりする。
だから「農作物」に「のうさくぶつ」とふりがなをつけたりしているんだろう。
パソコンの説明書がちんぷんかんぷんなのもまたしかり。
コンピュータは(今のところ)自分で考えてなんぞいないし、「万全」も「正解」も導き出さない。
データを与えるのは人間である。途中の計算の為のプログラムを作るのも人間である。そしてその結果を使うのも人間である。
チェスをするコンピュータの例で言えば、対戦するチェス名人が相手にしているのは、実はコンピュータのプログラムを作った人間なのである。
コンピュータ化するということは、省力化ではない。
かえって個人個人の仕事量も責任も増大する。
その後にチェックする人間を入れておかないと、とんでもないことになるものだ。


・B4レイアウト時代

私はNゲージをやったりやらなかったりで20年ぐらい続いている。
「レイアウト」というのは、鉄道模型を走らせる箱庭で、鉄道模型をやるものにとっての目標であり夢である。
まあ毛唐の皆さんにはどうか判らないが、変形4畳半に棲み、そのスペースの大半はベッドとタンスと机と天井まで続く本棚で埋まり、800ミリ×600ミリの板を広げて置く場所さえない(立てかけては置けるけど)人間にとってはとんでもない事である。
ちなみに私はパソコンもノート型である。しかも一部が机をはみ出している。
鉄道模型をやらない人から見れば、「ラップトップサイズ(ノートパソコンサイズ?)で作ればいいじゃん」となるのかもしれないが、これが難しい。
どういう訳なのか、市販のカーブレールの半径はやたらと大きく(曲線半径234ミリとか)、どうしても上記の800×600ぐらいのサイズが必要になってしまう。
これはなぜなのかといえば、今までの鉄道模型メーカーが商品として売った場合に必然的に値段の高くなる「長い編成で走らせるもの」(私のあまり興味のないもの)を重視し、例えば江ノ電とかレールバスなんかが製品で出ても、それらに合った小半径のレールを出さなかった為だ・・そう、今は。
それ以外に「フレキシブルレール」という自由に曲げられるレールがあるのだが、ちゃんと半径を決めて、工具で切らなければならない、第一田舎では売っていないし、通販より、店の人と話でもしてから買って、なおかつ帰ってすぐ楽しみたい。
ようするにめんどうくさがりが取っつきやすいものではないのだ・・・そう、今は。
そんな時代に変化の風が吹こうとしている。これは大げさでもなんでもない。
あえて言おう・・・革命だぞ!!!
下に書いた「Bトレインショーティー」は鉄道車両のデフォルメ商品として大ヒットとなった。
デフォルメ商品自体はそりゃカトーのポケットラインのような革命的製品やマイクロエースのED14タイプとか傑作もあったけど、こっちは鉄ちゃん以外にも受け入れられた。
下に書いたころ製品を出していた江ノ電以外にも、私鉄各社がオリジナル製品を次々出しており、これからも期待できる。
そしてついに「曲線半径100ミリの線路を春には発売」と発表したのである!
となると、直線区間をちょっと入れたとしてもB4サイズの板があれば「夢のレイアウト」ができてしまうのである!!
パソコン閉じた上で走らせられるぞ! 持ち運びもできるから自慢して回れるぞ!
フリーランス(自由形)模型が復権している様子はグリーンマックスから「運輸省規格型」「日車標準型」が発売されたことからも判る。
レイアウトが「実物からエッセンスはいただくが、実は作る人の発想した自由な鉄道」である限り(特にスペースがないと実物の縮尺コピーは無理である)、車両もそうなるべきだ。
もっと言ってしまえば、これからの「鉄道模型」は本当の意味の「作品」になっていいと思う。
たとえばアニメの「リアルロボットもの」のように「メカや主人公自体は実在しないが、現実に存在する戦車とか軍組織そのものを参考にしている」という世界を鉄道模型でも構築できるのではないだろうか。
よし、これだけ書いておけば後には引けない(爆)


・やらせ報道

何でも某大手報道機関が視聴率操作に続いて、報道番組で「仕込み」を行ったらしい。
脱皮したばかりの海老が捕れなかったので、買ってきて網に入れたそうだ。
素直に「捕れないので買いました」と言うべき所、さも網にかかっていたように報道したそうである。
もちろんこういうのはエンターテイメントの場なら許される事であり、できればその場合わざとらしく「おー!! 捕れた〜〜!!」などと言いながら大げさな効果音を鳴らすような演出したりすると、見ている方からは拍手喝采である。
個人的には「藤岡弘、探検隊シリーズ」などは大好きで、やるたびに見てしまう。
しかし「報道番組」で許されるのだろうか?
いや、この問題の根本は「やらせが簡単にできてしまう」テレビ制作に問題があるように私には思える。
今回の場合でも、最悪どこにも海老が見つからなかった場合はCGで作れば良いのである。
最近の技術革新は、少なくともプロにとって作ることが不可能な映像はない、と一般視聴者に思わせるまでになった。
(もう少し正確に言うなら「それが幻想であっても、普通の人にはそう思われている」と言うことになる)
例えば「楽しい遊覧鉄道」で「やらせ」が簡単にできたらどんなに楽だろう。
しかし、私の場合、高価なソフトもそれを使いこなす技術もないため、実際に見てきたものしかレポートできない。
真実を伝える努力うんぬんより、真実以外伝えられないのだ。
でもたまにはあからさまな合成もやってみたいのだが・・・


・最近のおまけ文化

最近なにかと「おまけ」もっと言えば「フィギュア」がブームである。
しかし鉄道モノの「おまけ」に食指を動かされるものがない。
少なくとも私にとってであるのだが・・・
「Bトレインショーティー」はまあいいとして(そのうち私鉄各社が乗っかってくるだろうとの希望的観測)、書店に山積みになっているあのシリーズは何なんだろう。
微妙に鉄道好きの好きな車種を外してくるというのは、何かの戦術なのか戦略なのか全く判らない。
というか、本当のマニアの人は狂喜乱舞しているのかもしれないんだけど。
私だったらどんなラインナップにするか考えてみた。

日本
モハ52型電車(登場時)
クロ151型電車(パーラーカーね)
0系新幹線(初期型)
C622号機
EF551号機
パシナ型蒸気機関車(満州だが)
EF5861号機
名鉄7000系電車
(小田急3100はばらせないでしょ?)

アメリカ
ペンシルバニア鉄道GG1電気機関車
同S1蒸気機関車
ユニオンパシフィック鉄道ガスタービン機関車
PCCカー(これはメジャーだと思う)
ゼファー号とかの流線型気動車もほしい
「ビッグボーイ」や「チャレンジャー」もいけるかな?

イギリス
マラード号(これは外せない)
あとはマイナー系しか思い浮かばないのが哀しい
「きかんしゃトーマス」に出ていたディーゼルなんかいい味だと思う
思い切ってスチームトラム(トービー?)とかナローの車両を出して欲しい

ドイツ
05型蒸気機関車(01もいいけどね)
ガラス電車
ラインゴルトの二階建て客車
フリーゲンデル・ハンブルゲル号
VT601とかVT11.5とかの流線型気動車
E103電気機関車
ルフトハンザ・エアポートエクスプレス
マイナー系ではまだまだあるんだけど省略

フランス
ゲンコツ電気機関車(あちらでの名前は知らない)
↑の前に「ミストラル」牽引していた機関車
オリエント急行客車(いやこれは「どこの国?」って悩むけどね)
この国もマイナー系に良い車両が多いなあ・・

イタリア
ETR250/300 セッテベロ(これは外せないでしょ)
ワニのマークがついている電気機関車
(名前知らないだけ)

スイス
クロコダイル(これも外せない)
あとTEEやICに使った電車を出してくれると嬉しい

え? お前しか買わない? そんな〜〜(爆)


・九州鉄道記念館について

2003年8月9日に開業、しかし、入場者の予想を上回る(鉄ちゃんなら絶対やらないレベルの荒らし方までする)モラルの悪さが問題になっている。
もっとも最近は鉄道の車庫に不法侵入し、アメリカかぶれの品のない落書きをしていく輩が多く報告されているので、モラルが問われているのは社会全般の事であるのだが。
(浮世絵を落書きすればいいと言っているんじゃないよ、念のため)
そういう世の中で、管理者二人だけというのもいかがなものかと思う。
(二人しか見ていなかったら何してもいいと言ってるんじゃないよ、念のため)
まさか「管理者二人」なんて考えてもいなかった事なので、この事自体に私は驚いている。
なぜ「管理者二人」などという事態になったのだろうか? デパートの屋上の遊戯施設だってもっといただろう。
「記念館」という何か逃げを打つような名前ではあるが、実際には貴重な車両を保存し、その文化を伝えるのが目的の「博物館」である(はずだ)。
博物館であるなら、利益の追求は第一ではない。
最悪ここで赤字になっても他で補填できなければ、「博物館」的な施設は運営できないと思う。
(全国全ての施設を見たわけではないので、絶対にとは言えないが)

一つ考えられるのはこの考えを運営側が忘れていた(もっと悪い場合は考えてもいなかった)のではないかと言うことだ。
博物館の管理者であるならば、「学芸員」的な役割も持っていなければならない。
平たく言えば「解説をする人」である。
以前明治村でキハ6401を公開したとき、一回の見学に際し人数制限を設け、それらの人に「学芸員」の方が解説をしていた。
これが本来の姿だと思う。
貴重な文化財を普段から公開すべきではなく、もし公開するならそれなりの人をはりつけて置く。
ただ野外に放置しているだけでは、誰も「どこが貴重なのか?」を知ることはできないと思う。
各地に保存された文化財としての車両が荒れていく原因の一つはここにあると思う。
廃車されたときは思い入れのある人が多く居たとしても、時代が経てば世代も変わる。
世代が変わった時に、次の世代にその「文化財」の貴重さを伝えていくのは、「人」でしかない。
朽ち果てた解説板に何ができよう。

なぜ人を付けられなかったかについて運営側が「人件費が足りない」というなら問題は重大になる。
いわゆる「リストラブーム」がここでも悪影響を及ぼしている事になるだろう。
企業における「リストラブーム」は生産ラインの人数が足りなくなるまで減らすという事態に陥っている。
九州鉄道記念館は地方自治体が運営しているとの事だが、それならば何のための「税金」だろう。
減らす所は他にもいくらでもあるだろうに、博物館の管理者を二人にするまでのことはあるまい。

施設を作って貸与したJR側にも責任はあるだろう。
せっかく復元した車両を貸与して、運営に口を出せないシステムというのは問題があると思う。
というか・・・箱作って「管理はお前らやれ」で、文化が継承されるとでも思っているのだろうか?
このような施設には常にJR側の人間が常駐すべきではないかと、私は考えている。
あるいは国鉄のOBとか雇ってもいいと思う。

地方私鉄の車両の保存施設などは、ボランティア(滅私奉公?)の人たちがいて、ようやく運営されている。
公園の保存SLでも美しい状態のものは、必ず国鉄OBの人たち等によって整備されている。
こういった事からも、利益を求める為に保存をするのは間違っている事だと思う。

さらに言うなら、保存されている事すら秘密にされている車両が全国にはいくつかある。
(秘密だからここで言う訳にはいかない)
管理者は「荒らされない為に非公開にしている」という。
これでは文化財が継承されるとはちょっと思えないのだが、仕方がないのだろうか?


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